大判例

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札幌高等裁判所 昭和54年(行ケ)2号 判決

原告

加藤重矩

代理人

畑中広勝

外二名

被告

大野町選挙管理委員会代表者委員長川口静太郎

代理人

嶋田敬

外二名

指定代理人

長田良三

外一名

主文

本件訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の申立

原告は「被告が昭和五四年八月三〇日にした原告を同年四月二二日施行の北海道亀田郡大野町町議会議員選挙における当選人としない旨の決定を取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は第一次的に主文同旨の判決を、第二次的に「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二  当事者の主張

一  原告は請求原因として次のとおり主張した。

1  昭和五四年四月二二日、北海道亀田郡大野町の町長選挙及び町議会議員選挙が行われた(以下、この町議会議員選挙を本件選挙という。)本件選挙の議員の定数は二〇名、候補者は原告を含む二二名であつた。

2  右各選挙の当日、被告の投票事務従事者が、大野町第一四投票所南大野会館において、選挙人二九名に対し、町長用投票用紙と町議用投票用紙を誤つて逆に交付したため、右二九名の選挙人は、町長用投票用紙に町議候補者の氏名を、町議用投票用紙に町長候補者の氏名を記載して投票してしまつた。

3  本件選挙の開票の結果、訴外斎藤岩雄は得票数194.800で二〇位当選となり、原告は得票数185.510で右斎藤と9.290票差で次点とされた。なお、前記第一四投票所の二九票は無効投票とされた。

4  原告は、同月二四日、本件選挙の選挙人である訴外加藤義矩名義で、被告に対し、前記の投票用紙交付の誤りを理由に、本件選挙の効力及び当選の効力に関し異議の申出をしたところ、被告は、同年五月一六日、これに対する決定をした。

右決定中、当選の効力に関する部分の主文は、「本件選挙の当選人斎藤岩雄の当選は無効とする。」というのであるが、その理由は次のとおりである。

(一) 前記のような投票用紙の交付の誤りがあつた事実を確認する。

(二) 右二九名の投票は、公職選挙法六八条二号の規定に照らし、有効投票とすることはできない。

(三) 原告に対する潜在的有効投票は右二九票中一七票あることを確認する。

(四) 開票の結果、斎藤岩雄は得票数194.800で二〇位当選し、原告は得票数185.510で次点であつた。

(五) 原告の右得票数に前記潜在的有効投票を加算すれば、原告が二〇位で当選し、斎藤は次点となるので、斎藤の当選は無効となる。

5  斎藤は、被告の右決定を不服として、同年五月二八日、北海道選挙管理委員会に対し審査の申立てをしたが、同年八月九日これを取下げた。

6  したがつて、原告は、公職選挙法九六条に基づいて、選挙会が開かれ、原告を当選人とする旨の更正決定がされるものと思つていたところ、被告は、同年八月三〇日、原告を本件選挙の当選人とすることができない旨の決定をして、これを同日原告に通知した。その理由は次のとおりである。

(一) 被告の前記五月一六日の決定が原告の当選について明記していないのに、原告はこれに対して審査の申立てをしていない。

(二) 原告の得票数が斎藤の得票数を上回つているとはいえないので、公職選挙法九六条の「再選挙を行わないで当選人を定めることができる場合」に該当しない。

7  右八月三〇日の決定は、次の理由で違法である。

(一) 被告の五月一六日の決定は、原告を当選人とする趣旨のものであるから、原告がこれを不服として審査の申立てをするはずがなく、被告がこの点を責めるのは原告の被告に対する信頼を裏切るものであつて、審査申立ての期間経過の全責任は被告にある。

(二) 被告の五月一六日の決定は、二九票の無効投票のうち、一七票が原告への有効投票(いわゆる潜在的有効投票)と認定されるべきであるとして、本来は原告が二〇位当選し、斎藤は次点であるという理由で、斎藤の当選を無効としたものである。右決定の趣旨に従えば、本件は公職選挙法九六条にいう「再選挙を行わないで当選人を定めることができる場合」に該当することは明白である。

(三) 被告の五月一六日の決定は原告が本件選挙における最下位(二〇位)当選人であるとしたものであり、同決定は斎藤の審査申立ての取下によつて確定し、爾後拘束力を持つに至つたのであるから、この決定内容に反する被告の八月三〇日の決定は違法である。

8  よつて、原告を本件選挙の当選人としない旨の被告の八月三〇日付決定の取消を求める。原告はこの決定によつて当選への道を事実上とざされるという不利益を被つたのであるから、右決定は「公権力の行使に当たる行為」に該当する。

なお、公職選挙法は、第一五章争訟(二〇二条ないし二二〇条)の規定を特別に設けて、同法が予定している選挙関係訴訟については同法所定の手続によらしめているのであるか、原告としては右決定に対する不服申立として公職選挙法に基づく異議の申出、審査の申立てをすることはできず、本件は右の規定の全く予定していない場合であつて、いわば「法の欠缺」の部分であり、原告には右決定の取消を求める訴訟しか残されていない。

公職選挙法はこのような訴訟の提起を禁じてはいないのであり、この場合、同法が選挙関係訴訟を同法所定の手続によらしめている趣旨を尊重し、同法二〇七条を類推適用して、札幌高等裁判所に本件訴訟を提起したものである。また、右二〇七条の類推により、大野町選挙管理委員会が本件訴訟の被告適格を有する。

9  札幌高等裁判所に本件訴訟の管轄がないとすれば、これを被告の所在地を管轄する函館地方裁判所に移送することを申し立てる。

二  被告は本案前の答弁の理由として次のとおり述べた。

1  公職選挙法は、選挙又は当選の効力を争う訴訟は、すべて同法所定の手続によらしめている趣旨であると解するのが相当である。そうであるとすれば、同法二〇七条二項、二〇三条二項に違反して提起された本件訴訟は、すでにこの点において不適法である。

また、選挙関係訴訟はすべて公職選挙法所定の手続によらしめている以上、本件訴訟を函館地方裁判所に移送するということもありえない。

2  公職選挙法二〇三条以下の規定によれば、選挙関係訴訟における被告は、参議院(全国選出)議員の選挙に関するものを除き、その他の選挙に関しては常に都道府県の選挙管理委員会であるから、本訴は被告を誤つたものであり、却下を免れない。

三  被告は請求原因に対する答弁として次のとおり述べた。

1  請求原因1項ないし3項は認める。

2  同4項のうち、五月一六日の決定の理由中(五)は否認し、その余は認める。被告が五月一六日の決定で斎藤の当選を無効とした理由は原告主張のとおりであるが、決定書の表現は原告の主張とは異なる。

3  同5項は認める。

4  同6項のうち、被告が、本件選挙の次点落選者原告について更正決定をすべき案件に当たらないとの統一見解をまとめて、八月三〇日原告に対し口頭でその旨の意向を伝えたことは認めるが、その余は否認する。その理由としては「法的に当選人とする途がない」旨述べただけである。

5  同7項(一)のうち、五月一六日の決定に対し原告が審査の申立てをしなかつたことについて被告が原告を責めたとの事実は否認する。

同7項(二)、(三)は争う。

投票用紙を取り違えてした投票は、公職選挙法六八条一号にいう「成規の用紙を用いないもの」として無効であり、したがつて、被告が昭和五四年四月二三日にした当選人決定の告示は正当であつて、二〇位当選人の斎藤岩雄はそのときに当選人たる地位を確立し、議員としての身分を取得して、これを失うことがなかつたはずである。

それにもかかわらず、被告が当選人決定に関する諸規定の解釈を誤つた結果、異議申出に対する五月一六日の決定において、斎藤の当選を無効とする誤ちを犯すに至つた。したがつて、右の時点では、被告は、次点落選者とされた原告を当選人とする旨の更正決定をすべき案件ではないかと考えていたが、右斎藤から北海道選挙管理委員会に対してされた審査申立てについての審理の過程でこの考え方が誤りであることを確認したので、五月一六日の決定が審査申立ての取下によつて確定し、その結果として当選人に一名の不足を生じたにもかかわらず、次点落選者原告について更正決定をすべき案件に当たらないとの統一見解をまとめて、八月三〇日原告に対し口頭でその旨の意向を伝えたものであつて、法律上その取扱いに何ら非違はない。公職選挙法九六条に規定する当選人の更正決定は、本来当選人とされるべきであつた者について、これを当選人としなかつた当初の選挙会における当選人決定の誤りを訂正して、その者を当選人と決定し直す手続であるところ、本件の場合の原告はまさしく落選者であつて、右にいう本来当選人とされるべきであつた者に当たらないからである。

6  同8項は争う。被告がした八月三〇日の意向伝達は、行政処分に当たらない。

理由

一原告は、本件選挙の当選人であり、公職選挙法九六条に従い、選挙会において原告を当選人とする旨の更正決定がなされて然るべきところ、そのような、更正決定がなされないのみならず、被告は違法にも原告を本件選挙の当選人とすることができない旨の決定を行つたものであるとして、被告に対し右決定の取消を求めるというのである。

このような争訟は、まさしく当選の効力を争うものにほかならないのであつて、公職選挙法の定めるところによつて訴訟を提起することが予定されている紛争であることは明らかであるから、本件においても、公職選挙法の規定に従つて異議の申出及び審査の申立てを経た上で訴訟を提起すべきものであり、それが不可能とは断定できない。

そして、公職選挙法が、選挙又は当選の効力を争う訴訟の手続、判決の内容等について定めているのは、このような争訟は、もつぱら公職選挙法所定の手続によるべきであつて、それ以外の訴訟の提起は許されないという趣旨であると解するのが相当である。このことは、選挙又は当選の結果について法律上の利益を有する者であつても例外ではないと解される。

したがつて、公職選挙法所定の手続によることなく、被告が本件選挙に関し公権力の行使に当たる行為をしたとして、被告に対しその取消を求める本件訴訟は、現行法上およそ許されないものであつて、不適法というほかはない。

二また、このような訴訟については、当裁判所のみならず、いかなる裁判所も裁判権を有するものではないから、本件訴訟を他の裁判所に移送すべきものでもない。

三よつて、本件訴を却下することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(輪湖公寛 寺井忠 矢崎秀一)

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